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夏のマルクノイキルヒェンの風景/Photo by André Karwath aka, wikipedia 



ハインリッヒ・テオドール・へバーライン・ジュニアは、19世紀マルクノイキルヒェンにおける最高のバイオリン製作者の一人であると同時に、近代バイオリン製造業における大成者としても、語られるべき人物です。


へバーライン肖像/Photo by Frank Fickelscherer-Fassl , Markneukirchen Violins and Bows


■生い立ち

ハインリッヒ・テオドール・へバーラインは1843年にドイツ・ザクセン州の都市マルクノイキルヒェンに生まれました。父カール・アウグストに学び、1860年頃、ハノーバーのアウグスト・リーヒャーの最初の弟子として工房で働き研鑽を積みました。リーヒャーとの親交は、へバーラインの作風に大きく影響を与えており、それについては後述します。
1863年、マルクノイキルヒェンに独立開業し、1897年に引退するまで製作者・経営者として働きました。その後、彼の工房は2人の息子たちに引き継がれ、1975年まで存在しました。
また、マルクノイキルヒェンのバイオリン製作学校にて後進の育成に貢献したことでも知られております

へバーラインが活躍したマルクノイキルヒェンは、19世紀における世界最大の楽器製作都市として繁栄しておりました。まずは都市の歴史について触れていきたいと思います。


三十年戦争によるボヘミア移民の動き/Markneukirchen Violins and Bows 別冊より 

■宗教戦争がもたらした、産業革命

ドイツ東端に位置するマルクノイキルヒェンは、かつて“オーストリアのクレモナ”と称されたボヘミアの都市シェーンバッハ(チェコ語ではルビー)と隣国の関係にありました。

1618年、カトリック信仰のオーストリア・ハプスブルグ家に対するプロテスタントの反乱により、ヨーロッパ最大の宗教対立である三十年戦争が勃発。その惨禍は死者約600万人、当時のドイツ人口が3分の一に減少するほどの甚大なものでした。大虐殺から逃れるためにシェーンバッハの楽器職人らは国境を越え、プロテスタント信仰のザクセン地方へ次々と亡命、移住するようになります。
これがきっかけとなり、マルクノイキルヒェンは楽器作りの町として急速に発展を遂げたのです。

ボヘミア地方では古くから分業による楽器製作が行われ、ネックやボディ、指板などそれぞれに専門製作者がおりました。へバーラインもいわゆる“ファクトリーメイド”の楽器を製造しており、それらはボヘミア国境付近の業者から白木の状態のバイオリンを仕入れて製作していたとされています。移民により持ち込まれたこのスタイルは、19世紀マルクノイキルヒェンのマス・プロダクション化に寄与しました。
1874年には年間で15万本ものバイオリン製作を行ったマルクノイキルヒェンですが、その8割は周囲の地域での外注製作が占めていたことがわかっております。

■作品の特徴

へバーライン自身が製作したマスターメイド作品についてはイタリア名器をモデルに、具体的には黄金期ストラディバリやデルジェスを良く用いました。精度の高いウッドワークと、ニスはアンティーク仕上げを施すことで、名器の芸術的な風合いを再現しようとした意図が見て取れます。

彼がこうしたオールド・クレモナ作品のレプリカを製作出来たのは、ハノーバーでの師匠であるアウグスト・リーヒャー(August Riechers,1836 – 1893) との親交が深く関係しております。リーヒャーはフランスのJ.B.ヴィヨームの下での修業経験や、バイオリン奏者のヨーゼフ・ヨアヒムとは親しい友人で会ったことから、こうした名器について知識を得る機会があったとされています。
へバーラインもまたこの恩恵を受けて、音の良い名器のモデルを研究することができたのだと考えられております。ボディサイズはやや大型のものが多いですが、バランスの良い音色とパワフルな音量があり、演奏者にとって使いやすい楽器といえるでしょう。

A violin by Heinrich Theodor Heberlein jr, 1898 /Markneukirchen Violins and Bows p.96-97
A violin by Heinrich Theodor Heberlein jr, 1898 /Markneukirchen Violins and Bows p.94-95
Photo of Corner block and Label / Markneukirchen Violins and Bows
James Montgomery Flagg ”An old violin maker at work" / Tarsio 
モデルはへバーラインではないかといわれている。

 
■市場の評価

へバーラインはウィーン、ベルリン、ハレなど数々の展示会での受賞、また芸術分野の貢献者を讃えるアルブレヒト勲章などの様々な社会的名誉を授与しました。
彼の製作した弦楽器は当時すでにアメリカなどの海外でも有名であり、代表例では米国シカゴの老舗ルドルフ・ウルリッツァー社が長年に渡りヘバーラインの正規ディーラーを務めておりました。じつはウルリッツァーもマルクノイキルヒェン出身者であり、この小さな町が世界の楽器市場をほぼ独占していたことは、驚くべきことといえるでしょう。
へバーラインのマスターメイド作品は、音量と音色のバランスに優れた実用性の高い楽器として当時も今も愛好されています。

参考文献:
■Markneukirchen Violins and Bows/Bruce Babbitt著
■James Montgomery Flagg:an artist's view of Markneukirchen By Bruce Babbitt / November 7, 2018Tarisio
■楽器の辞典 ヴァイオリン p133-136 / 東京音楽社

文:窪田陽平