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連載『心に響く、レジェンドからのメッセージ』

1984年から1993年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

第29回 イーゴリ・オイストラフ / Igor Oistrakh

引用元:季刊誌『Pygmalius』第38号 1992年7月1日発行
■イーゴリ・オイストラフ / Igor Oistrakh, 1931-2021

ウクライナのオデッサ生まれ。1934年モスクワ音楽院入学。父ダヴィド・オイストラフに学び、父の師ピョートル・ストリャルスキーに師事。1949年、ブダペスト国際コンクール優勝。1952年、ヴィエニャフスキ国際コンクール優勝。翌1953年、ロンドンとパリでヨーロッパ・デビュー。現在はソリストとしての活躍ばかりでなく、指揮者、国際コンクールの審査員としても活躍。

1. 巨匠といわれる父の存在は、むしろ幸運

日本滞在が、大相撲の夏場所中で、夫人ともども、大の相撲通になったというオイストラフさん。初日に曙の優勝を見抜いていたとか。今度日本に来たら関取になろうか、と冗談をとばしながら、音楽や家族のことから、祖国の情勢にいたるまで、気軽に語ってくれました。


 音楽家の家庭に生まれたのは、幸せだったと思いますよ。それも、ただの音楽家ではなく、父が巨匠ダヴィド・オイストラフでしょう。運が良かったですね。小さいころから父の演奏を聴いて育ったおかげで、音楽美学とでもいいますか、いろいろな音楽を聴き分ける力が身につきましたから。

 実は子供のころ、父に習ったというわけではないんですよ。なにしろ、最初はピアノが好きでね。というより、音楽そのものが大好きだったので、どの楽器で演奏するかなんて、あまり問題ではなかったんです。でもやはり父の影響でしょうね。最終的にヴァイオリンを選んだというのは。結局、音楽院では、父が指導教授になりましたし……。

2. デビューのときリサイタル用の曲が少なくて四苦八苦

 18歳までは、演奏技術を身につけるために、エルンスト、パガニーニ、ヴェニアフスキといったヴィルトゥオーゾ的な作品を好んで弾いていましたね。それはそれで良かったのですが、国際コンク ールで優勝してから、いざ、ロンドンとパリでデビューというときに、リサイタ ルで弾くようなソナタがほとんどレパートリーになくてね。本当に困りました。忘れもしない、1953年のことです。

 そのころからですね、レパートリーを増やそうと努力したのは。ただ、それも年齢によって変わっていったんです。20代では、ブラームスやチャイコフスキーといったロマン派の作品をよく弾きました。10年間、ベートーヴェンばかり弾いていたこともありますね。その後の10年 間はモーツァルト、それからバッハを10年間。今はヴィヴァルディです。そう、時代を遡っているんです。

 自分では好きなんだけれど、演奏会ではめったに弾かない曲もありますね。エルガーやショーソンの協奏曲、それからタニェエフの「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏的組曲」などがそうです。

3. 力強さのグァルネリ、豊かで滑らかな音色のストラディヴァリ

 室内楽もやりますよ。以前、カザルスとトリオを組む機会に恵まれましてね。それ以来、かれこれ20年位、トリオの活動もしています。ピアノは家内 (ナタリア・ツェルトサロヴァ)で、チェロは、モスクワ出身のエフゲーニ・アルトマンが弾いています。

 また息子(ヴァレリー・オイストラフ)もヴァイオリニストなので、親子3人で録音したCDも2枚出しています。私は曲によって、ヴァイオリンを弾いたり、ヴィオラを弾いたり……。

 ヴァイオリンは1714年のストラディヴァリ「ティボー」、別名「ダヴィド・オイストラフ」を使っています。その名のとおり、ジャック・ティボーや父が弾いていた楽器です。その前は、27年ほど、アンドレア・グァルネリを弾いていました。力強さの点ではグァルネリ の方が上かな、とも思うんですが、豊かな音色、滑らかな響きとなると、文句なしにストラディヴァリです。

   大事な楽器なんですけれど、乾燥しすぎないように気をつけているくらいで、特別な手入れはしていません。最良の保存方法というのは、毎日弾くことですよ。いい演奏であればあるほど、楽器のためにはいいんです。

4. 祖国の安定を願いつつモスクワを拠点に世界中で演奏活動を

 私の国は、今政治的にも経済的にも大揺れに揺れています。でも、日常生活に不自由すると、かえってみんな芸術に惹かれるみたいですね。どの演奏会も、いつも満員ですよ。

 もちろん音楽家だって生活は苦しいんです。それで、多くの優秀な人材が、国外に出ていってしまいました。

 ただペレストロイカの前は、別の意味で困難でした。たとえば、1年に3カ月しか海外公演をしてはいけない、という規則がありましてね。超一流の音楽家が、思うように演奏活動ができないなんて、酷な話ですよ。そういった悪法を改正したのがゴルバチョフさんなんです。本当に感謝しています。

 当分は混乱が続くと思いますけれど、一刻も早く正常に戻ってほしいですね。私自身は、モスクワを拠点にして、国内外を問わず、これからも演奏をしていくつもりでいます。