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小島で育つフェスティバル(後編) in Schiermonnikoog

オランダ北端の離島で春と秋に開かれているスヒールモニコーフ・フェスティバル。若手奏者が活躍する春のフェスティバルには今、国内外から注目が集まっています。

前回に引き続き、現地からのレポートをお届けします。


 

タイムレスな空間と音楽の関係

音楽祭の期間中、村の中心にあるホテルにはフェスティバルの事務局案内センターが設けられ、コンサートに訪れる人や受講生、スタッフ、音楽家たちが行き来します。


フィリップ・グラファンさん(ヴァイオリン)は、18世紀の面影を感じるクラシックなカフェの内装を見渡しながら、こう語ります。


「この島には、ひとつの場所に全てが社会にあるべき姿で集約されています。車はほとんどなく、タイムレスな場所です。
私たち音楽家はベートーヴェンやシューベルトといった今は亡き作曲家たちの作品を演奏し、その世界に入り込みますから、この今も昔も必要不可欠なものは同じであるというところが好きです。自転車で移動して、食料品店が一軒あって、部屋はごく簡素なもので……。ぜいたくなものは何もありませんが、ここにいられるのは非常に恵まれていることだと感じるのです。

大事なことは2つだけです。人と出会うこと、そして他の音楽家と同じように、音楽だけに関心を向けること。今でも20年前と同じように感じますね……ここの時間は止まっているようです」


都市とは異なる時間感覚で、ひとつの目標に向かって集中して取り組めるのは、島の立地ならではの利点です。情報過多な現代人にとって、貴重な集中できる空間があります。

 

(写真/小さな教会での早朝コンサートも人気を博した)

 

「パリの学校では学生と教室で会うだけで、普段の生活のことは全然わかりません。でも、ここでは受講生たちとは昼食でも夕食でも会えますし、経験を共有することでより近づくことができます。

このマスタークラスは期間が短く、週末には終わることが皆わかっているという点も異なります。レッスンの後にはコンサートという目標があるから集まっている。ですから、それに向けて必要なことを達成していかなければならないという意識があります」(グラファンさん)

音楽だけに集中する時間

グラファンさんのレッスンでは、短時間に圧倒的なスピードで大量の助言が与えられました。レッスンを受ける側にもかなりの集中力を要するであろう、密度の高い時間です。
受講生たちは、この島のマスタークラスをどのように活かし、学んでいるのでしょうか。


「人にもよりますが、この島では私が提案するアイディアにすぐ挑戦してくれる受講生がいる。パリのレッスンではこれほど簡単にはいきません。『ふぅん、なぜ?』と聞かれるので、証拠や正当性を主張しなければなりません。

アムステルダムには、コンセルトヘボウがありますよね。立派で権威あるホールです。
でも、この島では誰もが平等。とても小さくて親密さのある空間では、あなたが何をするのか、音楽を通じて何をするのかだけが重要になってくるのです」(グラファンさん)


村で唯一のパン屋に入ると、ヴァイオリンの受講生に出くわしました。ニューヨークから来たその女性は、リラックスしたようすでこう語りました。


「ニューヨークのお客さんは『ふふん、どれほどの腕前かな?』という構えで演奏を聞きますが、ここのお客さんはそんな風にジャッジしてこないのが、コンサートで弾いていて伝わってきました。他の学生や先生とも話しやすいし、すごく集中できる環境です」

競争のない特別な雰囲気

同フェスティバルの特色は、やはり離島という空間の特殊さに現れているようです。


聴衆、学生、指導者が一週間同じ場所に集まることで出会い、知り合える。お客さんたちも聴衆賞を通して投票した学生が受賞するとすごく喜んでくれるほど、音楽祭に関わっています。


ただ、大成功するようになっても資金調達が大変です。市町村や個人企業もスポンサーになってくれています。村の協力なしには、場所などの手配はできないでしょう。
年間で2回、合計18日間の音楽祭を製作するためには大変な手間がかかりますし、公演やマスタークラスのほかに本やドキュメンタリーまで作っていますが、素晴らしいチームが動いてくれています」


フェスティバルは、2026年には創立25周年を迎えます。何が原動力となって、ルーリングさんたちはここまで音楽祭を続けてきたのでしょうか。


「自分でも20年以上続けていることが信じられませんが……

私は、人々と音楽家を集めるのが好きなのです。指導することもとても好きで、ずっと続けてきました。

それに、音楽人生の大部分に存る『競争』というものがない、特別な雰囲気の場所を作りたかったのです。簡単ではありませんが、競争なしに音楽に取り組むことがここでは上手く行きました。教えに来ている指導者たちとも考えを共有しています。それが大事なことだと思います。

例えば、学生たちはコンサートでお互いの演奏を聞き合い、良い関係を築けている。彼らがプロになってからも、音楽の友がいることは大事です。ここには、若い才能が成長できる良い雰囲気があります」

音楽家を取り巻く環境の変化

平原や海に囲まれた村の空間は、雑念や無駄をそぎ落とし、本当に大切にしたいもの集中して向き合うための貴重な機会を与えてくれるようです。


条件が揃えば、スヒールモニコーフ島以外の都市から遠れた場所でも、このような素晴らしい音楽祭が実現できるのだろうかとつい想像して、フォスさんに尋ねてみました。


「そう思いますね。ここではイェールン(・ルーリング)とジョージという大志のある二人が、まず自分らのしていることを本当に信じて行動したのが始まりです。

会場も大事です。この島には、コンサート会場に使える3つの音響の素晴らしい教会があり、恵まれています。
チームも重要です。素晴らしい音楽祭スタッフと、35名のボランティアもね!もう何年も来てくれているボランティアたちがいるんですよ。もうファミリーの一員です。
音楽祭は一人ではできない同じように信じる人たちが必要なんです。そうすれば魔法がかかります」

 

(写真/若手音楽家の一人ひとりに聴衆の注目が集まる)

 

フェスティバルの雰囲気は、コンサートに集う聴衆によっても大きく変化します。フォスさんたちは、この音楽祭の聴衆が放つあたたかさを誇りに感じています。ほとんどが島外からコンサートを聴きに集まってくる人ばかりですが、共通の雰囲気があるのだと語ります。

コンサートが多いこと、そして聴衆も特徴のひとつだと思います。

いい音楽家になるためには、コンサートの本番で演奏しなければなりません。リハーサルで上手に演奏できても、ステージで生き残れなければ意味がないのです。
受講生たちは、あたたかく歓迎してくれる最高の聴衆の前で経験が積めます。ジャッジすることなく、音楽が大好きで足を運んでくる人たちばかりなのです。


2年前、学生の一人が演奏中ブラックアウトして止まってしまったことがあります。泣きながらステージを去った彼女を、聴衆はスタンディングオベーションで応え、他のピアニストたちが寄り集まって慰めていました。

これもフェスティバルの一部であり、経験にはなっても、トラウマになってはいけない。その後、心理セラピストが彼女を長い散歩に連れ出しました。怪我をしたら病院ですぐ治療を受けられるような状態だったので、良かったと思っています」(フォスさん)

若い世代を囲む環境

自分らしさを表現することが難しい時代であることも、音楽家たちは敏感に感じ取っています。


「今はあらゆる録音が聴けますが、昔は自分で考えて演奏するしかなかった。自分の考えを持つことが今よりも易しかった部分があるのかもしれません。一昔前の偉大なピアニストの録音を聞くと、誰が演奏しているのかすぐにわかりますよね。今では皆とても上手ですが、カーテン越しで分かるかどうか……」(フォスさん)


今後の展望を尋ねると、こう返ってきました。


継続がまず第一です。音楽祭は大成功していて、音楽と島の自然の組み合わせは素晴らしく、マスタークラスもうまくいっている。贅沢な立場ですが、先のことを考えておく必要があります。毎年少しずつ変えていき、新しい試みがうまくいけばさらに進めていくつもりです。

島の自然の仕組みのような変化を考えています。強制すると壊れてしまうので、ごく自然に進化させていく。季節にそって、調和しながら進めていきたいですね」(フォスさん)

 

(写真/聴衆賞を手わたすフォスさん(左)とルーリングさん(中央))

自然が与えてくれるもの

「多くの偉大な作曲家たちは、自然にインスパイアされてきました。ここには手付かずの自然があり、私たちと自然とのつながりを強く感じられる。ごく自然に成長していくためのパワーがある気がしています」(フォスさん)


宿泊したペンションでは、短い休暇を過ごしに来た3人連れのオランダ人に遭遇しました。

彼らのお目当ては若手の公演ではなくピアノのコンサートでしたが、「この島はオランダの最も美しい部分があります。自然と音楽、これ以上何が必要でしょうか?」と、満足そうに微笑んでいました。

 

(写真/ヴァイオリニストのレオ・アペルさん、ヴィオラ奏者のサミュエル・ローゼンタールさん、ピアニストのパク・チェヨンさん、チェリストのジョアン・ペドロ・ゴンサルベスさん、アンサンブル・ステリオス・カルテットが聴衆の投票で選ばれた)


3月14日のファイナルコンサートでは、みごと『聴衆賞』を獲得した各クラスの受講生たちが舞台に並びました。


素朴で開放的で、誰もが等しい小さな社会。人と人の距離が近い島で音楽に集中し、実用的なコーチングなどのプログラムを受けた若者たちはどこか肩の力が抜けていて、自然体の笑顔が印象的でした。

いつか日本にも同じようなフェスティバルが育っていったら……と願ってやみません。



 


公式サイト https://schiermonnikoogfestival.nl/

Photo : © Melle Meivogel & Schiermonnikoog Festival

Text : 安田真子(Mako Yasuda) 2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。