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第48回 オランダのアマチュアオーケストラ活動 in Leiden


オランダには、市民や学生によるアマチュアオーケストラがいくつも存在します。日本ほど盛んではありませんが、アムステルダムやデン・ハーグなどの主要都市はもちろんのこと、中規模の都市にもいくつもアンサンブル団体があり、教会やホールにおいて定期的にコンサートを開いています。

今回、筆者はオランダ・ライデンの市民オーケストラに潜入しました。リハーサルからコンサート、関連イベントなどについて、初めて演奏に参加した一団員としてレポートします。

歴史ある市民オケのひとつ

オランダ南部の大学都市・ライデンの「ライデン音楽芸術オーケストラ(Toonkunstorkest, 通称TOL)」は、140年以上前に創立された歴史あるアマチュアオーケストラです。現在のメンバー数は約60名。土地柄、ライデン大学に通う学生や、駅前の大きな病院や研究所に勤務している医療関係者、さらにはリタイア後に落ち着いた町に移り住み、音楽を楽しむシニアなどが多いのが特徴です。20代から70代までが毎週集まり、弦・管・打楽器を演奏しています。
 
同団の公式ウェブサイトには、団長や秘書、財務、弦楽器と管楽器のセクションリーダー、広報などをそれぞれ担う6名の名前が明記されています。
 
通常は年3回の定期演奏会を開いているほか、隔年でベルギーやドイツ、イスタンブールなどでの国外演奏ツアーも行っています。運営がしっかりした活発なアマチュア団体だといえるでしょう。普段は、水曜日の夜8時から22時半まで、ライデン市中心部の私立学校の体育館を使って合奏のリハーサルを行なっています。

通常のリハーサルの流れ

トゥッティの練習は週に1度、水曜の8時から10時半まで行われます。リハーサル会場は、ライデン市内中心部にある私立学校の体育館です。
 
同オーケストラでは、オランダのデン・ハーグで学んだ指揮者のヤッペ・モウリンが毎回のリハーサルでタクトをとり、常任指揮者かつトレーナーとして指導にあたっています。

オーケストラ団員には留学生などのオランダ語を話さないメンバーもいますが、指揮の言語は通常すべてオランダ語です。ただ、ごく明確に指示が出されるため、基本的なオランダ語の形容詞やイタリア語の音楽用語、練習番号やアルファベットの読み方さえ理解していれば、リハーサルにはついていける仕組みになっており、外国人にも親切です。
 
団員が1回のコンサートに向けての練習の2割以上を欠席すると、演奏レベルに関わらず、事情に関わらずコンサートに出演できないことが決まっています。厳しいように聞こえますが、ひいきをせず、平等を重んじるオランダの国民性が表れています。

練習の合間には、コーヒー休憩が欠かせません。指揮者が「コーヒー休憩!」と声をかけると、有志の「コーヒー係」が活躍します。団所有の即席テーブルに大きなコーヒーマシーンとお茶菓子を用意し、60名分のお茶やコーヒーをすばやく提供します。マイカップを片手に仲間とおしゃべりをするひととき。この時間を誰もが楽しみにしていて、普段から声の大きいオランダ人の集まりは、いっそう賑やかになります。
 
リハーサルの雰囲気はいたってなごやかで、いつでもリラックスした雰囲気が流れています。ただ、練習への遅刻は厳禁。リハーサルはいつも定刻きっかりに始まり、10時半ちょうどに終わります。

確立した運営体制

練習会場のセッティングとリセッティングは、いつ見ても完璧です。床の掃除は掃くだけではなくモップがけまで完了して、はじめて練習が終わります。 ステージセッティングの係が決まっているわけではなく、時間のあるメンバーが自主的に集まって準備をしたり片付けにあたったりと、基本的に強制される役割はなく、自由意志での参加が原則です。
 
年に数回、練習後に近くのパブで飲み会が開かれます。なんと飲み代は無料。というのも、有志メンバーが教会のミサのオーケストラ伴奏をしてギャラとして受け取ったお金で、皆でビールを飲むことになっているからです。
 
活動の費用は、メンバー1人につき年間で260ユーロ(約4万円)かかります。年に3回コンサートがあることを考えると、日本のアマオケ活動よりも安いと感じるのではないでしょうか。詳しくは後述しますが、コンサートごとに有料チケットをしっかりと販売するという商人の歴史のあるオランダらしい工夫が生かされているようです。

同オーケストラに入団する際には、管楽器パートのメンバー以外は、基本的にオーディションがありません。トライアルで練習に何度か参加した後、パート首席の隣で演奏してオーケストラの音楽づくりの雰囲気をつかみ、入団の意思を確認したあとに、正式入団するという流れが一般的です。 


日本のアマチュアオーケストラとの違い 

このオーケストラで特殊だと感じたのは、本番直前に次のコンサートの譜読みをはじめるという点です。
合奏練習を重ねて演奏が仕上がってくると飽きること、1つの演奏会が終わってから次のプログラムを譜読みするのでは遅すぎることが理由だといいます。ですが、コンサートの本番の前の週に新しいプログラムを練習するという状況は珍しいのではないでしょうか。個人的に、これが一番驚いたポイントです・・・!
 
また、日本のアマチュアオーケストラ活動では、コンサートに向けて合宿をしたり、練習やコンサートの後に打ち上げで盛り上がったりするのが楽しみのひとつですが、オランダのこのオーケストラにはメンバーが集まる合宿や大きな打ち上げがありません。

演奏会の打ち上げも、終演後にホールのロビーでドリンクを少し楽しむ程度。ほとんどのメンバーは、コンサートを聴きに来た家族とともに早々に帰宅していました。家族を何よりも大事にするオランダ人らしい選択ですが、オケ仲間との時間が少ない点はちょっとさみしいですね。

満員の子ども向けコンサート

 2023年6月末のコンサートは、2年に1度の子ども向けプログラムでした。
今回は児童合唱にまつわる財団の提案がきっかけで、プロジェクトが動き出しました。コロナ禍の最中、同団の常任指揮者でトレーナーのモウリンが、中世から伝わる物語「カレルとエレガスト(Karel ende Elegast)」のメロディ歌詞をもとに、オーケストラと児童コーラスの楽譜へと編曲・作曲しました。
 
高齢者ならかろうじて知っているけれど、今の子どもたちにとっては聞いたこともない「カレルとエレガスト」の物語と音楽がTOLのコンサートで、オーケストラと児童合唱によって現代に蘇りました。

なお、オランダ国歌の『ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ』も中世にルーツを持っているといいます。中世の音楽は長いフレーズを特徴とし、『カレルとエレガスト』にもその特徴が聴きとれるとモウリンはリハーサル中に語りました。

 

 

コンサートホールで、ステージから1メートルも満たない最前列と2列目は、子どもたちのために用意されているスペースです。床にじかに体育座りをしたり、長椅子にずらりと並んで腰掛けたりする子どもたちで埋まりました。
 
オーケストラが第一音を鳴らし、ハープがアルペジオを奏でると、客席の子どもも大人も目を輝かせます。俳優の身ぶり手ぶりを交えた朗読とTOLオーケストラの演奏で、物語は展開します・・・。
 
慣れないステージ上からオーケストラや客席を興味深そうに眺めながら、透明な歌声を響かせてくれた合唱団の子どもたち。2度のコンサートを通して、合唱団とオーケストラはまたとない共演の機会を楽しみました。


チケットはみごと完売

なお、オーケストラの活動費としてライデン市からの支援金が少し入りますが、練習会場代やトレーナーへの謝礼などの運営費用のほとんどはコンサートチケットの売り上げとメンバーからの参加費でまかなわれています。

今回のコンサートのチケット代金は大人が15ユーロ、子どもは半額でした。招待券などはほとんど出さず、チケット代を活動の資金源として重視しています。6月に開かれたこの子ども向けコンサートでは、2公演のチケットがみごと完売。児童合唱に参加した子どもたちの両親や兄弟が多くを占めていたとはいえ、合計400枚のチケットをみごと売り切りました。 

緑に囲まれた室内楽コンサート

なお、7・8月の夏季バケーションの期間は、リハーサルが休みになります。その直前には、有志による室内楽音楽祭が開かれます。


チェリストでもある運営メンバーの自宅の庭が会場で、身内だけが招かれるごくアットホームなコンサートです。二重奏から10人程度のアンサンブルまで、さまざまな編成の室内楽が演奏されます。しっとりとした緑に囲まれた場所で聴く室内楽は、新鮮な響きでした。


ステージに登らないメンバーも集まり、コーヒーやビールなどの好きなドリンクを片手に仲間の演奏に耳を傾けます。オランダらしい、のどかな時間の過ごし方が表れていました。

国や環境が違っても、音楽へのかぎりない情熱がアマチュア音楽家たちの活動の根底に流れていることは変わりません。

今回、アマチュアオーケストラに参加したことで、オランダと日本の違いよりも、ずっと多くの共通点に気づかされました。これからも積極的にアマオケ活動に参加していきたいと思えるような体験でした。

Text : 安田真子(2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。)