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若手奏者と歴史ある邸宅をつなぐプロジェクト

日本語に訳すと『クァルテットのお家』という名を冠したイタリアの社会的企業『Le Dimore del Quartetto』は独自性あふれる活動で、5年前から注目を集めています。

活動の主軸は、室内楽に取り組む若い音楽家をサポートすること、そして歴史的文化財として価値のある邸宅をあらためて評価すること。邸宅を舞台に、室内楽のコンサートを開くことで、一般の聴衆とも空間を共有し、たくさんの価値ある結びつきを作れるというのがポイントです。
室内楽を通して、社会にプラスの変化をもたらすことを追求する社会的企業『Le Dimore del Quartetto』の活動について、今回はご紹介していきます。

循環型経済をつくる音楽・文化財プロジェクト

プロとしてキャリアを歩み始めたばかりのクァルテットなど、若手の室内楽奏者たちが活動を続けていくためには、集中して練習をする場所、コンサートを開く機会、多くの人に知ってもらう場といったさまざまなサポートが必要です。

一方、欧州各地に歴史ある邸宅を持つオーナーたちは、歴史的建造物ならではのメンテナンスの難しさや、時代に合った場所の使い道を見つけることに苦労している場合があります。これらの建物には、美しく装飾された部屋や広い空間が、かつての役目を失ったまま、数多く残されているのです。

これらを組み合わせて、双方にとって価値のある交流を生み出すのが『Le Dimore del Quartetto』のねらいです。若手の室内楽団体は演奏を、歴史ある邸宅の持ち主はリハーサルや滞在のための場所を無償で提供するという、循環型経済と呼べる仕組みを生み出したのです。

(写真)1700年代に建てられたベルガモ郊外の邸宅の一室

事前登録を済ませた18から30歳までの若手による常設の室内楽団体が、滞在したい場所と期間のリクエストを出せば、『Le Dimore del Quartetto』のスタッフが邸宅の持ち主との間を取り持って、滞在やコンサートの曲目の打ち合わせなどの連絡から、演奏会の実現までをサポートするという仕組みです。
現在、滞在先として登録されている邸宅はおよそ300。ウェブサイト上のリストには、個人の邸宅や別荘はもちろん、各国のイタリア大使館元修道院ホテルなど、さまざまな種類の歴史的建造物が並んでいます。由緒あるお屋敷も多く、かつてジュゼッペ・ヴェルディが絶賛したテノール歌手が住んでいた家もあるのだとか。
ネットワークはイタリアだけではなく、フランスやイギリスなど、国外にも広がりをみせています。


(映像)『Le Dimore del Quartetto』のイメージが伝わる『予告編』として作られた映像


音楽家と邸宅主のやりとりを思い浮かべると、どこか昔の音楽家とパトロンのようなイメージがあるかもしれません。しかし、公式サイトに循環型経済という言葉で示されている通り、このプロジェクトでは対等の立場における価値の交換、交流が行われています。

同団体の創設者で、現在でも取締役を務めるフランチェスカ・モンカーダさんは、2015年の設立から現在までの変化について、メールインタビューでこう語りました。

「最初は趣味に近い形で、重要な邸宅を所有している友人に頼み、弦楽四重奏団を泊めてもらう代わりにコンサートを提供していましたが、始めてすぐに、成功をもたらす方式だと分かりました。人や経験、価値あるものとの出会いのダイナミズム、好奇心をくすぐるものや共有するべき美を目の当たりにして、家の主や演奏家、聴衆が熱狂的な反応を見せてくれたのです。
現在、活動の規模は大きくなりましたが、今までと同様にクオリティを最優先に考え、維持しています。だからこそ、音楽や芸術的文化財の分野における主要人物たちと関われています」

人と人の交流が生まれる空間

コンサートの実現には、家主や音楽家を中心として年齢や境遇の違う人々の協力関係が欠かせません。自身も邸宅で育ったというモンカーダさんに、実りの多いコラボレーションのために大切なことを尋ねると、こう返ってきました。

「一番重要なことは、おそらく人と人の交流です。クァルテットという仕事にかける情熱や、歴史的文化財である邸宅の持ち主の努力について聞き、理解するというチャンスが人々に与えられると、驚くような結果をもたらす可能性が生まれる。美と情熱という、抗えない2つのエンジンがこれらを動かしています。
より自然親密丁寧に作りこまれた状況のもと、音楽家と家主、さらに聴衆が間近で知り合い心が動く体験をしてもらうこと。これが、交流に魔法をかけるための材料だと思います」

数百年の歴史を持つ邸宅には、かつてベートーヴェンが室内楽を書いたとき、想定されていたものに近い環境が今でも残されています。劇場とは異なるごく私的で親密な空間から、音楽家たちはインスピレーションを得るようです。2年ほど前にイギリスの若手クァルテットのインタビューをした際、『Le Dimore del Quartetto』に参加経験のあるメンバーたちは目を輝かせて「素晴らしい体験だった」と口を揃えて話していました。
それぞれの土地に文字通り根付いた歴史的な建物に滞在してリハーサルをすることはもちろん、その地域の人と出会って演奏をすることも、奏者たちにとって特別な体験のひとつになります。

聴衆にとっては、普段は一般公開されていない邸宅のような特別な空間で演奏を楽しめる、またとないチャンスです。のべ2万7千人が、計521のコンサートに足を運びました。

ロックダウン後の涙

昨年は最初のロックダウンの後、イタリア有数の邸宅の修道院や庭園で屋外コンサートが開かれました。その時、モンカーダさんの心に残っている場面があります。

「ソーシャル・ディスタンスやマスクなどのルールをしっかりと順守していましたが、お客さんが来るかどうかは分かりませんでした。でも、音楽や美しいものを渇望する聴衆が集まってきてくれたのです。そこで人々が静かに流す涙が、私の心を打ちました。あの痛切な瞬間に共有した感情は、ずっと忘れないでしょう」

ベルガモの私邸にインダコ四重奏団(Quartetto Indaco)を招いた邸宅主のカロラ・モレッティさんは、このようなコメントを残しています。

(写真)邸宅の前で開かれたクァルテットのコンサート

「困難な状況の下、プロフェッショナルに、申し分なく安全に開催してくれたことに感謝しています。最大級の謝辞を贈るため、コンサートに参加してくれたとある女性の言葉を借ります。『こんな風に晴れ晴れした気持ちや美しいものをまた体験できますようにと、この数か月ずっと願っていたの。夢が叶ったわ』」

日本からの参加も歓迎

また旅行できるようになったら、日本からも活動に参加したいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本好きを公言するモンカーダさんは、こう語ります。

「コンサートは無料で一般公開されることが多いのですが、座席数の関係で予約は必要です。親密な空間だからこそ、演奏会が特別なものになるのです。プログラムにご興味のある方やニュースレターを受け取りたい方は、公式サイトをご覧ください。
また、小さいグループ向けに邸宅や庭園でのコンサートの手配も行っています。メールでお問い合わせください。

活動についてもっと知りたいという音楽家の方は、公式サイトをご覧ください。私たちのネットワークは世界中のアンサンブル団体のキャリアをサポートしていますが、若手であっても常設の団体で、演奏家のキャリアにふさわしい芸術性を持ち、成熟していることが基本です。日本のアンサンブルにも加わってもらえたら幸せです!」

近年は、ネットワークの広がりと深まりに応じて、音楽祭やマスタークラス、史跡のガイドツアーを含めたさまざまなイベントも開催しています。イタリア環境基金FAI(国内の文化財を守る非営利団体)や美術館とのコラボレーション、学校でのアウトリーチチーム運営のレクチャーまで、内容は多彩です。さらに、会場の周辺地域にある企業や新しい聴衆とも結びつきを構築するべく、活動の幅を広げています。


(映像)イタリア北部ヴァレーゼの邸宅(Villa Panza)で演奏するインダコ弦楽四重奏団
建物という有形の価値と、音楽という無形の価値、そして人と人の交流という3つのうち、どの要素が欠けてもコンサートは成立しません。
未来を見据えて、私たちの周りに在るものをどう生かしていくかという視点から、『Le Dimore del Quartetto』の活動に学ぶことは多いのではないでしょうか。

◆『Le Dimore del Quartetto』公式サイト(英語) 
 https://www.ledimoredelquartetto.eu/?lang=en
取材・文 安田真子